「発音できない音は聞き取れない」は本当か ― 研究が示す「耳が先」の順序
「発音できない音は、聞き取れない。だから聞き取りを伸ばしたいなら、まず口を鍛えるべきだ。」
韓国語の学習情報を追いかけていると、この説をよく見かけます。私も最初に読んだとき、なるほどと思いました。実際、この説には鋭い診断が含まれています。ただ、結論の部分、つまり「だから口が先だ」という順序については、研究の証拠はむしろ逆方向を指しています。今日はその根拠を、あとから誰でも確かめられるように出典つきで整理します。
この説が説得力を持つ理由
まず、この説のうち正しい部分をはっきりさせておきます。
字幕つきでドラマを何本見ても、聞き取りの訓練にはなりにくい。これは本当です。字幕と場面の流れが意味を先回りして教えてくれるので、音そのものを処理する力は思ったほど使われません。そして、単語帳では知っている単語が、生の会話では拾えない。これも本当です。韓国語は連音化や鼻音化で、文字から想像する音と実際に届く音が大きくずれるからです。この現象の仕組みは「発音変化」の壁の記事に詳しく書きました。
つまり「なんとなく浴びるだけでは埋まらない」「音のつながりと、日本語にない音に、正面から向き合う必要がある」という診断は、研究から見てもそのとおりなのです。問題は、その向き合い方が「口」なのか「耳」なのか、という処方箋の部分にあります。
口を動かさずに、発音まで良くなった実験
この分野でいちばん有名な実験は、じつは日本人を対象にしたものです。
英語の R と L は、日本語話者が最も聞き分けに苦労する音の代表です。Bradlow らの研究チームは、日本人の学習者に R と L の「聞き分け訓練」だけを数週間行いました。いろいろな話者の声で単語を聞き、RかLかを答えて、正解を確認する。それだけです。発音の練習は、いっさいしていません。
結果、聞き分けの成績が上がっただけでなく、発音まではっきり改善していました。訓練の前後で参加者の発話を録音してネイティブに聞かせると、訓練後の発音のほうが明確に聞き取りやすいと判定されたのです。口を一度も動かしていないのに、耳が変わったら口がついてきた。この結果は1997年に音響学の専門誌に掲載され、その後の研究の出発点になりました。
一つの実験の話ではない
「実験が一つあるだけでは信用できない」と思った方もいらっしゃると思います。そこで、同じ問いを調べた研究をまとめて統合し、全体の傾向を見る「メタ分析」を見ます。
Sakai と Moorman は2018年に、こうした「聞き取り訓練が発音に与える影響」を調べた25年分の研究を統合しました。結論は、聞き取り訓練だけを受けた学習者の発音は、中程度の効果量(d≈0.5)で改善するというものでした。耳から口への転移は、一つの実験の偶然ではなく、繰り返し確認されている現象だということです。
では、逆向きはどうか
公平のために、反対の経路もきちんと見ておきます。「口を鍛えたら耳が良くなる」、つまり発音・調音の訓練で聞き取りが伸びるか、という方向です。
こちらは、結果が割れています。 発音訓練で知覚も改善したという研究もあります。たとえば Kartushina らは2015年に、自分の発音をリアルタイムで見ながら調整する訓練で、母語にない母音の聞き取りも伸びたと報告しました。一方で、伸びなかったという研究も同じだけあります。近年のレビューは、この方向の研究群を「一貫しない(contradictory)」と総括しています。耳から口への転移が25年分のメタ分析で一つの平均効果に集約されていたのとは、対照的です。
いちばん象徴的なのが、さきほどの日本人の /r/-/l/ です。聞き分け訓練は発音まで転移しました(Bradlow ら)。ところが逆に、舌の位置を教える調音訓練を課した研究では、発音そのものは上達したのに、聞き取りはほとんど変わりませんでした(Hattori)。同じ音のペアで、耳から口へは流れたのに、口から耳へは流れなかった。方向によって、転移の起こりやすさが違うのです。
なぜこんな非対称が生まれるのか。発音は、じつは耳を経由しなくても達成できます。舌がどこに当たっているかという触覚や、口の動きの感覚を手がかりに、「正しく出せている」ところまでたどり着ける。だから「聞き分けられないのに、正しく発音はできる」という状態が起こりえます。逆に、耳が先に鋭くなると、自分の発話をモニターする解像度も上がるので、産出のほうへ繋がりやすい。耳は口の上流にある、と考えると腑に落ちます。ただし、これはあくまで有力な見立てで、どちらの方向も個人差が大きいことは、どの研究も口をそろえて注意しています。
声に出すことが、逆に邪魔をする場面すらある
さらに意外な報告があります。Baese-Berk と Samuel が2016年に発表した実験では、新しい音の対立を学び始めたばかりの段階で、聞いた音をその場で復唱しながら訓練したグループは、黙って聞き分けに集中したグループより、聞き分けの成績が悪くなりました。
まだ頭の中に音のカテゴリーができあがっていない段階では、自分の、まだ不正確な発音を自分の耳に入れることが、できかけの音の輪郭をにじませてしまうらしいのです。この妨害は言語経験のある学習者では小さくなることも、同じ論文で確認されています。ですから「復唱は常に悪い」という話ではありません。ただ、「とにかく声に出せば耳も育つ」という単純な図式が成り立たないことは、はっきり示されています。
発音練習が無駄、という話ではない
誤解のないように書いておくと、発音の学習には意味があります。発音のルールを学ぶと、音のつながりや日本語にない音に注意が向くようになります。「知っている単語が別の音で届く」ことに気づくきっかけとして、発音の見直しはよく機能します。冒頭の説を唱える方々が学習者を実際に助けてきたのは、おそらくこの効果によるものだと思います。
ただ、それは「音の仕組みに注意を向けたから」効いたのであって、「口が覚えないと耳は聞き取れないから」ではありません。順序としては、耳が先に変わり、口はあとからついてくる。これが研究の示す絵です。だから、「まだうまく発音できないから、聞き取れないのは仕方ない」と考える必要はないし、聞き分けの練習を発音練習のあとまで後回しにする理由もありません。
OtoOiはどちら側か
OtoOiは「耳が先」の側に立って作っています。いま公開しているステレオ・リスニングは、日本語で意味を先に渡してから、実際に連結し変化した韓国語の音をネイティブの速さのまま受け取る聞き方です。さらに次の版では、似た音を聞き分ける訓練そのものを独立したレーンとして組み込む準備を進めています。日本語話者が苦手とする対立、たとえば激音と平音の区別を、いろいろな話者の声で繰り返し聞き分けていく設計です。
これで聞き取りがどこまで伸びるかは、正直にいえばこれから確かめていく段階です。ただ、どちらの方向に賭けるかを決めるとき、私は上に挙げた研究の並びを判断の土台にしました。片方は方向の揃ったメタ分析があり、もう片方は結果が割れている。この非対称を見て、私は「耳が先」に賭けています。同じ判断材料を、この記事であなたにも渡せていたらうれしいです。
最後に
「発音できない音は聞き取れない」という説は、診断は鋭いのに、処方箋の向きが逆でした。埋めるべきは口ではなく、まず耳。そして耳を鍛えれば、口は思っているより素直についてくる。少なくとも研究の並びは、そう示しています。
出典は下にまとめました。どれも要旨は無料で読めますし、最初の論文は全文が公開されています。私の要約を鵜呑みにせず、ぜひ確かめてみてください。
参考文献
- Bradlow, A. R., Pisoni, D. B., Akahane-Yamada, R., & Tohkura, Y. (1997). Training Japanese listeners to identify English /r/ and /l/: IV. Some effects of perceptual learning on speech production. Journal of the Acoustical Society of America, 101(4), 2299–2310. 全文(無料・PubMed Central)
- Sakai, M., & Moorman, C. (2018). Can perception training improve the production of second language phonemes? A meta-analytic review of 25 years of perception training research. Applied Psycholinguistics, 39(1), 187–224. 出版社ページ
- Baese-Berk, M. M., & Samuel, A. G. (2016). Listeners beware: Speech production may be bad for learning speech sounds. Journal of Memory and Language, 89, 23–36. 出版社ページ
- Kartushina, N., Hervais-Adelman, A., Frauenfelder, U. H., & Golestani, N. (2015). The effect of phonetic production training with visual feedback on the perception and production of foreign speech sounds. Journal of the Acoustical Society of America, 138(2), 817–832.(発音訓練が知覚も改善した「効果あり」側の例)PubMed
- Hattori, K. (2010). Perception and production of English /r/-/l/ by adult Japanese speakers. Doctoral thesis, University College London.(調音訓練で発音は改善したが知覚は不変だった「効果なし」側の例・全文無料)UCL Discovery
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